O型とA型

昨日あんな事があり、傷みの発作がいつ来るか心配しながら今後過ごさなくてはならないのかと落ち込み、また、今後の仕事でも突然に痛みで仕事にも支障を来たしたらどうしようかと悩む・・・。「どうしよう、どうしよう・・」と自分に言い聞かせるために口に出してみる。最悪の結果のことも考え自分に問う。これはそのときにパニックなると予想して、前もって今考えておかなければならないという考え。こうして、ひとしきり悩んでみると、結構楽になる。こうして考えておけば何が合っても一人の時でも大丈夫だったしなんとかなると思うことができる。

そして、今度は、深く考えてもなるようにしかならないと思い始め、流れに任せることにする。その時がくれば・・・何とかなる!と思い、次の瞬間昨日起こった事は、頭の奥底の引き出しにしまい次の行動が始まる。もし何かあったときにこの家に誰かは行ってきたら大変片付けよう!そして、連休にしたかった庭の植木の植え替えをしなきゃ・・。思い出した。

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ふふふっ・・。綺麗になった。幸いにも激痛は今日は起らなかった。

— posted by 奥井祐子 at 10:47 am   commentComment [0]  pingTrackBack [0]

 

予定は未定

連休とはいえ、今朝は三男の試合のため松ヶ崎駅まで早くに送っていかねばならず早起きした。

他の皆は熟睡。留守電が入っていた。昨日の件でおばが心配になり電話をしてくれたようだ。慌ててかけなおして元気であることを報告した。

我が家とおばの家は仲良しで、小さい時からお互いの親同士が旅行に行く際には何かあれば子ども達がそれぞれの叔父やおばの家に連絡をすることにしていた。今は、全国バラバラに住んでいるが、昔は何かあれば集まったり、また互いの親の留守のとき意外もなにかあれば叔父と伯母へ連絡したり遊びに行ったりよくしていた。両親の留守の時に結構色んな事が起こり、急性の病気や怪我など色々ありなんだかんだと連絡が多く行き交うのが不思議なものだ。

昨日まで旅行に行っていた父と母には、昨日の事を話ししていなかった。

今日は、父の兄のおばと、母と、もう一人のおばとで琵琶湖で温泉とランチを楽しむおば会の日だった。父がおばの家へ母を送って行った際に、昨日の私のただならぬ悲痛の声の電話のことなどを話ししたようでびっくりして電話がかかってきた。

母のランチの間、父は畑を作るとのことで、わざわざ連絡があり、次男を送り込んだ。案の定、役に立ったが、草刈機が潰れたといわれ、我が家のものを持って行ったり数回市原まで往復した。自分の家の庭も昨日の続きをしたかったので次男を帰りは父に送ってもらう約束をし自宅へ戻った。

帰りに、母も岩倉まで来て父とここで合流する話になり、急遽、夕方に顔を見にきれくれることになった。皆で、一緒に晩御飯を食べることになった。

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ミニハンバーグを色んなソースで食べる・・・。

— posted by 奥井祐子 at 10:46 am   commentComment [0]  pingTrackBack [0]

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