脳の中のやり取りを文字にしてみると・・

私は保守的な人間なはずだ。

新しい事を受け入れることよりも、決まった日常を決まったように過ぎして暮らしていくのが好きだ。でも、そうはさせてもらえないのがこの世の常。何故か、いつも水育の授業の時でも決まってイレギュラーな事が生じてしまうのが私。でも、何とかこの状況を打破しなくては!ということに力を注ぎ、良くも悪くも解決できてしまうのでそれが、今の仕事でも、日常でもややこしい事を解決するのが段々を日常化してきてしまっている。嫌いといいながらも実は、新しい事好きなのかもしれないのかも?

先日、心理カウンセラーセミナーを受講した時、保守的な人は、「鬱」になりえる傾向がある可能性もあるとの事だった。自己と自我と超自我との関係性で、自分以外の人との関係性を作って社会生活をしていく。精神疾患を持っている方でも、捉え方で前向きになりえることも可能であるとの事だった。

難しい事をおっしゃっていたが、要約すると、刺激のある人生である方が、若々しくなるのは、鬱にならないというよりも元気でいられるということなのだ思う。動き回る事で、体力も低下しないし、また、経験し、体験することでどんな事が来てもドンと構えていけるようになる。そして前向きになっていけるのだということなんだろう・・。

また、この前のセミナーで補足と言いつつおっしゃっていたことで、面白いと思ったことは、生れてくる時は、場所も親も国も選べないと言う事だった。たまたま日本に私は生れたのだ。

日本で生れた我々には、日本固有の「共同体」という「和」を持った考えのある民族の中で「日本人」の「人格」がそこで形成されていく。京都に生れ、独特の文化や長く続く歴史のある街で暮らす私の人格。

京都人は保守的であるといいつつ、新しいもの好きで、古いものと新しいものを融合させていくことが上手なのかもしれない。

思いは複雑であっても、先に受け継いでいけないという伝統を重んじること。これこそが京都人の「美」だと私は思っている。

でも、京都人だから全員がそう思っているわけでもないし、家族や友人の中で育った私が思ているだけ。そして、それが良いと思うので、自分の家族にも伝えて行きたいと考える。面白い。

さて、似たもの夫婦とはよく言うが、よく我々夫婦の顔が似ていると言われたりするが性格は、全く間逆。

私は、アナログ派人間だけど、主人は違う。主人はIT情報をいち早く察知し、仕事を始めるほど情報を収集する能力に長けているのかも。

その調子で私にも強要したりするのは非常に迷惑であった。最近ようやくその性格が分かり始めたのでまだ対処できるが、意地悪ばかりしてくると思って、本当によく喧嘩したものだった。

喧嘩してもガツンと言われるし、心のよりどころもなく辛い日々。数十年間の苦労の成果があったのか、口も達者になり、こうしてブログを作って欲しいといえるほどになった。

脳が刺激を受けて、新しい事を対応していくには、人どれぞれ時間は違うけれど、どんな形であっても新化していける能力は人間誰しもあるものだと身を持って体験した。「鍛錬」していけば、いつかは成果があるのではないかと思う。

だからといって嫌と思うことをしても楽しくないし、成果も上がるはずはない。だから、やっぱり、「フェイスブックは積極的にはやらない」

同期のMちゃんが主人の作った私のFBを見つけてられてしまい次々に同期の消息が分かり、山梨や東京の人とも近く感じることとなった。恐るべき事態!速さと自分のペースが追いつかない。しばらく悩む。

「悩み」は、「自己」から押しだされた思いが「自我」にぶつけまた、保守的な「超自我」により、「自我」を抑制し、その狭間に「悩み」となりが生じている。上記の悩みを解決する場合、この折り合いをつけるカウンセリングは、超自我さんに相談する他は望めない。超自我さんは、なかなかのプライドをお持ちなので丁寧で優しい口調で理論を論理的に説明して差し上げないと解決できません。

その結果、このケースでは、超自我さんが自我さんに、今までの経験上も新しい事を取り入れていかないと、今後の情勢について行けなくなる可能性や、仕事にも遅れをとる可能性もあるので、「頑なにやらない」というのではなく、「先ずは、受信することだけ受け入れ発信はしない」ということでどうかという指示を出し、自我さんも納得が言ったようで、しばらくは、様子を見るということとなった。「また何か問題が生じた場合はいつでもカウンセリングに来てください」という言葉に励まされ、Yさんは自分の居場所に職戻られた。

-----------------

<45歳女性のケース>「FBを最近始めたが、やりたくないのにやらざるを得なくなった。ブログで手一杯なのにこれ以上はできないと感じているがどうして良いのか?」

この問題を表面的に解決するのではなく、その人の育った環境や、今まで過ごしてきた生き様など、アセスメントを十分理解した上で、カウンセリングをしなければ、本人の今後を指し示す良い解決方法が見つからないはずだ。傾聴しながら、本人の表情や心を読取る。洞察力をもって観ることがカウンセリングの大事な部分であるのだ。また大事な事は、彼女は、自分で今後の方向を決めたこと。人に言われたことをしているのは、洗脳と同じ。自分の意思で決めたことは自分でいくらでも再修正が可能であるから大事なことなのだ。

-----------------

こんなやり取りで、気づかぬうちに誰しもが自分で頭の中で問題が起こった時に解決して日々生活しているのだ。文章にすると長々つらつらと書かなきゃいけないことも、脳の中では、瞬時にこういうことがやり取りされいる。

脳ってすごい!カウンセリング方式で自分に当てはめてみると、頭の中で整理しづらい私にも問題が解決しやすくなった。体調によっても脳の状態も異なってくるので、一人で解決できない時は人に相談することでも解決に導くこともある。ただ、人の意見は意見として聞くことがその場合重要である。

自分を見つめ、自分を労わることもたまには良いかなと・・・。ふと庭のアジサイがいつもより綺麗に思えたりするかも・・・。
NONALNUM-gqLjgrjjgrXjgqQ-E

— posted by 奥井ゆうこ at 10:18 am   commentComment [0]  pingTrackBack [0]

T: Y: ALL: Online:
Created in 0.0152 sec.
prev
2013.7
next
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31