京都絶景 ~初夏の下鴨神社~

下鴨に住んでいての楽しみの一つとしては、やっぱリ葵祭り。

なぜかというと、その日は、行列で下校できなくなるので、小学校が2時間目で終わり。

その代わり、参列の絵を描くのが宿題だった。町別で1年生生から6年生まで一緒に帰る。

境内には、前日から用意してある観客席の椅子や、紅白の布などいつもと違う風景と見ながら通る。またどこから行列を見るといいかなど相談しながら皆で帰る。やはり、描くのは藤の花で飾られた牛車や、輿に乗った斎王代を昨年より上手に書きたいと思いながら・・。

また、同じ町内のお姉さんが斎王代になられたときは、町内の皆でお姉さんを上手に描こうと競って必死だった。一度自宅に戻り、先輩達が行列の到着時間を毎年教えてくれた。大体11時半が目安だった。まんざら間違っていない。

行列は、平安時代の都の雅ある衣装をまとって、御所を出て下鴨神社から上賀茂神社を巡幸する祭りのこと。詳しい時間はこちらから。↓http://www.kyokanko.or.jp/3dai/aoi_map.htmlLink

このお祭りの「葵祭り」のそもそもの起源は、今から約1400年以上前の欽明天皇(567年)の時代に、国内が、雨風の大凶作に見舞われ五穀が実らなかったことと、疫病が流行り、当時賀茂の大神の崇敬者であった、伊吉の若日子に占わせたところ、賀茂の神々の祟りであるというので、若日子は勅命をおおせつかって、4月の吉日に祭礼を行い、馬には鈴をかけ、人は猪頭(ししがしら)をかぶって駆競(かけくらべ)をしたところ、風雨はおさまり、五穀は豊かに実って国民も安泰になったことが始まりだといわれている。その後、819年(弘仁10)には、朝廷の律令制度として、最も重要な恒例祭祀(中紀)に準じて行うという、国家的行事になった。

今でも、下鴨神社には、天皇からの御使いの方が来られ、行列の前に祭事が密かに行われている。その遣いの人を見たいと思ったこともあった・・・。

また、葵祭の名の由来は、祭りの当日に御所内裏の御簾をはじめ、牛車、勅使、行列の人々の冠や装束、牛馬など全てを葵の葉で飾ったことからといわれている。葵の葉を飾るのは一説では、上賀茂神社の祭神「別雷神(わけいかずち)」が生まれた御形山(みあれやま)に、双葉の葵が生じたといわれている。

「葵」の正式名は「フタバアオイ」といい、水のきれいな所にだけ自生する植物である。上賀茂神社も下鴨神社ともに豊富で美しい水のある神社であるといえる。また祭りに使うフタバアオイは、長期保存が利かないため、葵祭の4~5日前に祭で使用する葵約1万本近くを採取するとの話も聞いた事がある。

こんな事を少し知って、行列を見ると楽しく見れるかも?また、どこから見るのか、全部付いて回るのもいいかも。

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ちなみに下鴨神社の境内で行列の人たちが休憩を取るが、裏の姿を見た時に少々子どもながらに残念に思った。

— posted by 奥井祐子 at 05:24 pm   commentComment [0]  pingTrackBack [0]

 

旬をいただく

中の妹から茹でた蕨をもらった。

輪ゴムで縛って茹でてあったので、調理もしやすかった。

こういうところに一手間をかけると綺麗に仕上がるのだと思った。そのまま炊けばよかったと後悔・・・。

家中で旬を味わえた。我が家の男子は、こういうのが結構で好きであっという間になくなった。

味付けも良いとお褒めの言葉をもらった。

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季節を感じながら、食事できるのって楽しいだけでなくて、抵抗力もつき体も元気になる。その時々のものを必要なだけ摘んで食べる事のがいい。

— posted by 奥井祐子 at 07:22 am   commentComment [0]  pingTrackBack [0]

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